【障害者手帳申請のリアル】「助けて」から支援が届くまでの試練
目次
ADHDと診断を受けた私にとって、障害者手帳の取得のミッションは「いつか検討するもの」ではなく、当初から計画に組み込んでいた生存戦略でした。
しかし、いざ申請できるタイミングとなると、精神障害のある私には申請がかなり負担の大きいものと感じました。
なぜ「障害者」という枠組みを自ら選んだのか #
そもそも受診を決意した理由の一つに、「正式に診断されれば、初診から6ヶ月後に手帳の申請が可能になる」という情報を得たことがあります。
八方塞がりの育児と、ままならない日常生活。これらを突破するためには、公的な支援という「武器」を手に入れる必要があると考えたのです。
自分が「障害者」という枠組みに入ることへの抵抗感を感じる方もいるようだし、確かにそう思う気持ちも想像できます。しかし、私には抵抗感はほとんどありませんでした。むしろ、これまでの人生で「普通の生活をおくること」に苦しんできた私が、障害者であり「普通とは違う」と公的に認めてもらえる、といった感覚で、とても納得感のある行為なのです。手帳を所持しても周囲に申告する義務もない為、バレる心配もしていません。私にとって手帳は、あくまで「生きるための実利的なツール」でした。
今回の申請内容 #
東京都内にて下記を申請しました。
- 精神障害者保険福祉手帳
- 自立支援医療制度
詳細の申請手順や受けられる支援は東京都が下記に記載している為、ここでは割愛し、あくまで障害者自身の視点としてお話します。
手帳があれば助かるのか。期待と現実 #
手帳を取得しようと思った最大の動機は、ヘルパー利用などの福祉サービスを期待してのことでした。しかし、実際に調べて分かったのは、理想と現実の大きな乖離です。
ヘルパー利用という希望が打ち砕かれた話 #
※受けられる支援制度や内容等は自治体によって異なりますので、詳細はお住まいの地域の保健所などにお問い合わせください。
まず、私の住む自治体では、障害者手帳があるからといって利用できるヘルパーサービスは特にありません。
居宅介護は障害者手帳によらず、別途認定を受けなければなりません。問い合わせたところ、私の状況だと、介護認定を受けたとしても家事等を依頼してヘルパーにやってもらうことはできず、自立援助といって自分で生活できるよう自身で行なう前提のものであり、しかも同居家族が関わらない部分のみでしか適用できないとのことでした。
できるできないというか、やるエネルギーがそもそも枯渇してるっちゅーねん。
障害者手帳があるとシルバー人材センターに安価で依頼できるという情報に特に期待していましたが、私の住んでいる地域の管轄のセンターでは障害者向けサービスはありませんでした。
「手帳さえあれば、日常生活のしんどい部分を誰かに投げられる」という期待は打ち砕かれました。
それでも申請を決めた理由は経済的な困窮 #
それでも申請を止めるという選択肢はありませんでした。 現在、障害によって働くことができず、一方で生活にはもちろんお金はかかり続けていて、さらに通院コストもかかります。家事も行なうことができず、外注や外食にも頼っており、生きていく為にお金を使ってばかり。。ヘルパーなどの直接的な人的支援が受けられないのであれば、せめて所得税や住民税の控除といった「金銭的なメリット」だけでも確保しなければならない。
今の私にとって手帳は、微力ながら「防衛策」になり得ると判断しました。
障害者手帳申請のハードル #
公的書類の提出は健常者にも難易度高めなことがあるくらいなので、精神障害負ってる身には様々な困難があります。
診断書を書いてもらう精神負担 #
ADHDと診断されてからも、「これは単なる甘えなのではないか」という不安は消えませんでした。そのため、主治医に手帳のための診断書を書いてもらえるのか、、自分は本当に手帳を交付されるほどの状態なのか疑念がありました。
実際、障害者手帳の申請をしたいと切り出すと、主治医からは「本来はこういう申請とかすることすら難しい人のためのものだ」という言葉もありました。しかし、だからといって引き受けてくれないわけではなく、無事書類を依頼できました。
特に改めて状況を説明するということはなく、これまでの通院で話したことや療養の内容を元に書類を作成してくれました。書かれた内容を元に調べてみると、2級相当として書いてくれたものだろうと思いました。
なお、通常の診断書は緘印が押されそのまま提出になるため患者が見ることはできないようになっています。私は後述するトラブルで偶然書類の中身を見ることができましたが。
病院による診断書の書き間違い #
ようやく漕ぎ着けた申請に追い打ち。。
病院側の書類の書き間違いという事務的なミスにより、保健所へは計3回も足を運ぶことになりました。本来なら1回で済み、その場で控えを受け取れるはずのものが、何度もやり直し。ADHDにとって、役所での手続きというタスクはそれだけで膨大なエネルギーを消費します。
あまりの気力のなさに、3回目の訪問(控えの受け取り)ができたのは、申請から1ヶ月も経ってからのことでした。先程言ったように、本来は当日受け取れます。
手帳の申請控えは特に使用する機会がないので困らないですが、同時申請の自立支援のほうは交付まで控えを使用して医療費の負担額を減額してもらえるので、実際困りました。元々病院のミスなのに、控えなしで病院行ったらなぜか注意されました。言い返すのもめんどくさくてハイとだけ返事しました。
福祉が届くまでの「1年弱」という絶望的なタイムラグ #
精神医療の世界では、受診を決意したときにはすでに「限界」を通り過ぎていることがほとんどです。しかし、そこから福祉の手にたどり着くまでには、あまりに長い時間がかかります。
心療内科にかかろうと思っても初診予約は数ヶ月待ち、ようやく辿り着いた初診から申請までが6ヶ月。さらに、申請から交付までの審査に3ヶ月程度。私はすぐ病院かかれたからまだ早いほうだけどそれでも予約時点から9ヶ月過ぎた現時点でまだ手帳届いてません。
そもそも心療内科かかろうと思えたときって、多くはやっと自分のやばさを自覚できた頃であって、もう予約の電話入れる前すらどうしようもない状況なのではっていう話です。
今まさに溺れている人に対して、「助けが来るのは1年後です」と言っているようなものです。とても苦しいです。
障害者になるのにも「金」がかかるという不条理 #
現在、私は障害によって働くことができず、完全に無収入の状態です。それなのに、ADHDとして生きていくだけで、診察代や薬代といった「障害ゆえの出費」が毎月容赦なく家計を圧迫し続けています。
手帳による税金の控除や助成は、決して「得をするためのサービス」などではありません。「働けないのに、障害があるせいで出費だけは強制される」「障害によって過去の人生で経済的に大損した」などという理不尽な大赤字を、わずかでも埋めるためのギリギリの防衛策です。
さらに追い打ちをかけるのが、申請に必要な「診断書代」です。健康保険の対象外で数千円。無収入で半年分の通院コストをすでに支払ってきた身にとって、助けを求めるための証明書を買わされるこの数千円は、あまりに重く、冷酷なコストでした。
「助けてほしい」と声を上げてから、実際に手帳という盾が届くまでの1年弱。その間に垂れ流し続けた持ち出し分、ADHDなどだと初診の前からずっと障害のせいで無駄金を垂れ流し続けて生活していたりと、今の制度では救いきれていません。せめて自立支援医療制度が半年間を遡及して返金してくれるような仕組みがあれば良いのに、と思います。
手帳申請は、困窮の末に「生存権」を買い取る行為 #
精神障害者保健福祉手帳の申請は、私を含む多くの人が想像するような「手厚い福祉への入り口」ではありません。
実際には、半年以上の通院コストを自腹で払い続け、無収入の中で保険外の診断書代を捻出し、ようやく手にする「これ以上の困窮を防ぐための消極的な権利」に過ぎません。
「助けて」と言ってから1年弱もの間、支援が届かない空白期間があること。そして、その間の経済的負担がすべて当事者にのしかかること。この不条理なコストを支払わなければ、生存のための最低限の制度すら利用できないのが現実です。しかも、あるだけマシだけど、決して「助かる」と言えた代物ではないです。
この記事が、同じように「八方塞がりの生活」や「無収入の不安」の中で手帳を検討している方にとって、制度の美辞麗句ではない、現実的なハードルの高さを知るための記録となれば幸いです。